それは、風が唸りを上げ、窓ガラスを激しく叩く嵐の夜のことでした。リビングで映画を楽しんでいた矢先、ブツンという音とともに、家中の明かりが一斉に消え、テレビも沈黙しました。川西市でも水道修理の漏水した配管交換し地域一帯を襲った、予期せぬ停電の始まりです。最初はすぐに復旧するだろうと高を括っていましたが、一時間経っても暗闇は晴れません。そんな中、家族の一人が「トイレに行きたいんだけど…」と不安そうな声を上げました。その瞬間、私の背筋に冷たいものが走りました。我が家のトイレは、一年前にリフォームしたばかりの、自慢のタンクレストイレだったのです。 すっきりとしたデザインと、自動で開閉する蓋、そして節水機能。そのスマートさに惚れ込んで導入した最新式のトイレでしたが、その機能のほとんどが電力に依存していることを、私はこの時ほど痛感したことはありませんでした。案の定、トイレに入っても便座は冷たく、人を感知して光るはずの室内灯も点きません。浴室トラブルを加古川市で専門とした排水口交換しても、用を足した後、壁のリモコンの「洗浄」ボタンを何度押しても、何の反応も示さないのです。シー…ンと静まり返った暗闇の個室で、私は文字通り途方に暮れました。「最新式にしたばかりに、なんてことだ…」。便利な生活に慣れきっていた自分を呪い、旧来のタンク式トイレの、あの物理的なレバーが恋しくてたまりませんでした。 パニックになりかけた私を救ってくれたのは、かろうじてバッテリーが残っていたスマートフォンでした。震える手で「タンクレストイレ 停電 流し方」と検索すると、そこには希望の光とも言える情報が並んでいました。ほとんどの製品には、非常用の「手動洗浄機能」が備わっているというのです。私はスマートフォンのライトを頼りに、トイレの取扱説明書を探し始めました。リフォームの際にまとめて保管したはずの書類の山から、目当ての一冊を見つけ出した時の安堵感は、今でも忘れられません。説明書の図解をライトで照らしながら、そこに示された便器側面のカバーを探します。普段はデザインの一部として完全に一体化しているそのカバーは、指をかけると意外なほど簡単にパカッと外れました。そして、その奥には、メーカーが非常時のために隠してくれた、一本の無骨な手動レバーが鎮座していたのです。 説明書の指示通りにそのレバーを力強く引くと、ゴボゴボッという音とともに、聞き慣れた水が流れる音が響き渡りました。それは、文明の光が再び灯ったかのような、感動的な音でした。水が流れ、便器が再び綺麗になったのを確認した私は、心から安堵のため息をつきました。この一件以来、私はタンクレストイレに対する見方を改めました。それは、停電に弱い脆い機械ではなく、非常時にも対応できる「備え」が組み込まれた、実に考え抜かれた製品だったのです。問題は製品にあるのではなく、その機能を知ろうとしなかった私自身の側にありました。 この経験から得た教訓は、日頃の備えがいかに重要かということです。まず、取扱説明書は絶対に捨てず、懐中電灯などと一緒に、いざという時にすぐ取り出せる場所に保管しておくこと。そして、最も大切なのは、停電が起きてから慌てるのではなく、平穏な時に一度、実際に手動レバーの位置と操作方法を確認しておくことです。この「予行演習」をしておくだけで、非常時の心の余裕は全く違ってきます。 さらに、私はもう一歩進んだ備えも考えました。もし、停電と同時に断水も発生していたら、手動レバーも意味をなさなくなります。その場合の最終手段は、バケツに汲んだ水で流す方法です。これも事前に調べておくと、バケツ一杯(約5~8リットル)の水を、便器の水たまりめがけて「一気に」流し込むのがコツだと分かりました。この知識を得てからは、お風呂の残り湯も、災害時の貴重な水源としてすぐには捨てない習慣がつきました。また、究極の備えとして、数日分の携帯トイレも防災リュックに加えることにしました。 タンクレストイレは、私たちの生活を豊かにしてくれる素晴らしい設備です。そして、その真価は、スマートな機能だけでなく、万が一の事態を想定した設計思想にも宿っています。その力を最大限に引き出すためにも、「停電したらどうしよう」と漠然と不安に思うのではなく、今日、この瞬間に取扱説明書を手に取り、ご自身の家のトイレに秘められたサバイバル術を確認してみてはいかがでしょうか。あの嵐の夜の教訓が、皆さんの安心な暮らしの一助となれば幸いです。